キャサリン・ヘップバーン(キャサリン・ヘプバーン)

キャサリン・ヘップバーン(キャサリン・ヘプバーン)

キャサリン・ヘップバーン(キャサリン・ヘプバーン)は1907年5月12日にアメリカ・コネチカット州ハートフォードで生まれる。

キャサリン・ヘップバーン(キャサリン・ヘプバーン)は医者の娘として生まれ、大らかな家風の元、自由奔放に育った。子供の頃から演劇に興味を持っていたキャサリンは、12歳の時にはじめてアマチュア劇団に参加した。その後大学でも演劇に熱中し、ブリン・モーア大学で心理学博士の学位を取得した後、ボルティモアのストックカンパニーに入団。21歳の時、劇団の夏期公演『The Czarina』と『The Cradle Snatchers』で舞台デビュー。主に端役や代役として『素晴らしき休日』や『Death Takes a Holiday』などのブロードウェイや地方の舞台などに出演。

1928年には学生時代からの恋人ラドロウ・オグデン・スミスと結婚する。 1931年に出演した『Art and Mrs. Bottle』と、翌32年の『A Warrior’s Husband』での女戦士役の好演によってにわかに注目を浴びる。

その後パラマウント社が映画への出演を申し入れるが映画出演に魅力を感じないヘプバーンは断る。しかしRKO社は彼女が提示した週給1,500ドルを受け入れたため出演契約を結び、『愛の嗚咽』(32)のシドニー・フェアフィールド役で映画デビュー。
翌33年の『勝利の朝』では、映画界入りして2作目だが早くもアカデミー主演女優賞を獲得している。またその間に、エージェントのリーランド・ヘイワード、ジョン・フォード監督と浮名を流している。

以後も「招かざる客」(1967年)「冬のライオン」(1968年)の2年連続受賞、
「黄昏」(ヘンリー・フォンダの遺作。1981年)とアカデミー賞史上最多の4回の同賞受賞を果たした。ノミネートは12回されている。